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連載記事「論理について~デカルトに基礎を置いて~」No.1

連載記事「論理について~デカルトに基礎を置いて~」: 1 2 3 4 (現在、第4回目まで執筆しました)

連載記事「論理について~デカルトに基礎を置いて~」の第1回目の記事を書きたいと思います。

連載内容や概要についてはこちらのPDFファイルをご覧ください。
https://www.hmathmaster.com/wp/wp-content/uploads/2022/02/0d7c3167f952f1767bc731b85c54fb1e.pdf

上記の備考にあります通り、「学ぶこと考えることを楽しんでみて下さい。フランクな形式によって筆者の執筆負担を軽
減させて頂きます。」、私もフランクな文体で文章を書きますので、学ぶこと考えることを第一に楽しみながら読んでみて下さい。

毎回、煩わしいと思われますが、恐縮ですが、「高校数学マスター 序説・数学Ⅰ PDF版」の宣伝を冒頭でさせて頂きます。こちらを瀬端デジタル雑貨店というオンラインストアで販売していますので、ぜひご覧になってみて下さい。
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論理について、本連載記事とは別の角度、高校数学の内容に沿う形で説明がなされています。数学を真剣に取り組みたい方には特にお勧めです。ただ、本連載記事を基礎としているとも言えます。

ちなみに、瀬端デジタル雑貨店ではオリジナルデザインTシャツ等も販売しています。そちらも少し眺めて頂けたら幸いです。

前置き

本連載記事は、一般の方向けに、つまり、学者や哲学者や数学者ではない方向けに、論理について解説するための文章です。基本的にどんな学問もこれ自身が本連載記事の核心に触れる内容ですが、その真偽というものは個人の考え方、主張によるものです。誰かが言ったから正しい、教科書に書かれていたから正しい、というようなことはなく、したがって、本連載記事の根底にある考え方は私自身が正しいと納得した内容を元にしています。

学者や哲学者や数学者の方には、それなりに発信をして一つの公式の論文中で紹介もし、概ね理解が得られるという感触はあります。それ以上に日々、新たな題材に触れる度に、なかなか良い論理についての理解を得られたという納得が私にはあるという感じです。発表はいつになるか分かりませんが、頓挫するかもしれませんが、今後、自分としては面白いなという内容の数学論文も用意しています。

過去に似たような考え方があるか、本当に役立つものかは分かりませんが、デカルトと同じく、自分としては自分のやり方を提示することで、役に立ちそうだと思う方が利用して頂ければそれで良いだろうと思っています。

なぜデカルトなのか

それでは、前置きはこのくらいにして、まず、論理についての解説をするのに、なぜデカルトなのか、デカルトに基礎を置くのかという話から始めたいと思います。

デカルトの活躍した時代は、科学の草創期と言えるかもしれません。ガリレオ・ガリレイが物体は重くても軽くても同じ速さで落ちるとか、天体に望遠鏡を向けて観察したり、その結果として地動説を唱えてカトリック教会から異端審判を受けた時代と同じ時代です。

この時期の大問題は、天が動いているのか、地が動いているのかということでした。この次の時代では、ニュートンが地動説を前提として、物が落ちることと天体が動くことは同じ重力という法則によるのだと発見しました。また、その定式化においても物体の移動を空間座標で表し、微分積分により速度や加速度、エネルギーなどの概念の定量化に成功し、現在の科学という言葉の持つイメージに近づいて行きます。

ガリレオ・ガリレイもニュートンもすごい学者です。では、一体デカルトは何をやったの?という疑問が浮かぶかと思いますが、デカルトは、すでに言及した空間座標を発見しました。えっ発見?と初めて聞く人は思うかもしれませんが、発見なのです。

この世の中にある言葉も数も何もかも誰かが発見しています。方程式も十進法も発見です。ただ、誰が発見したか分からない知識もあります。空間座標は、デカルトが発見し、そしてこれがデカルトのすごいところですが発見の方法論までも詳しく解説をしました。

数学をやっていると、この知識がなかったときに人はどうやってそれらのことを考えていたのか想像すら難しい重大な発見というものが幾つもあります。例えば、零の発見だったり、代数だったり、空間座標もこの重大発見に含めて良いくらいのものだと思います。

空間座標のない時代には、直線のグラフというものはなく、幾何の直線、代数の一次方程式という別々の分野の知識があったという状態でした。この二つを結び付けて考えられるよ、と気付いたのがデカルトだったというわけです。空間座標がなければ、当然、物体の移動を方程式で表すことはできず、微分積分も思うように開発できず、ニュートン力学があのようにスマートな形で世に生まれたかというと、恐らく無理だった、つまり、科学の発展はなかった可能性すらあるのです。

ちなみに、いやいや、他の誰かが発見したでしょうと多くの人は思うかもしれませんが、ある程度の学者であればそんな簡単なことじゃないと分かっています。つまり、学問が面白いのは元からあるはずの真実を発見するのですが、その発見が大いに個人の個性によって発見されるということです。あの人の考え方が学問、引いてはその後の文明を変えていったという側面が確実にあるということです。

デカルトは、特にそのような個性的な大学者です。デカルトのすごいところは、発見の方法論までも詳しく解説をしたこと、と先ほど述べましたが、デカルトの業績は科学にとどまらず、理性的に、つまり、合理的に物事を判断するにはどうすれば良いかという、「人が考えるとは一体何なのか」という、学問の根本的な問いにまで到達し、彼なりの答えを導き出していることにあります。

実際、社会を俯瞰した場合、人が考えていない活動というのはありますでしょうか。一つとしてないのではないでしょうか。政治も立法も行政も司法も報道も経済も大学も学校も家庭も、すべて皆、大なり小なり人が考えて活動しています。それらすべてにおいてできるだけ正しい判断をしなければならない場面がたくさんあります。公の場であればよりその必要性が高くなります。

デカルトが正しく考えるためのデカルトなりの方法を提唱し、それがかなり優れていたので、上記の必要性から社会の多くのあらゆる場面で彼の方法論が用いられることになったといったら大げさかもしれませんが、事実、そのような側面が強くあるわけです。そのため、彼を近代合理主義精神の父と呼ぶことがあります。そして、彼が一般向けにその方法を解説した本が「方法序説」です。

では、我が国ではデカルトを中高生が学ぶでしょうか。まず、学びません。それどころか政治家、官僚、司法関係者、ジャーナリストに学者まで、デカルトの「方法序説」という本を学んだことがあるかというと、少なからぬ人があまり学んでいないし理解していません。つまり、我が国では、近代社会で必要とされる正しい判断力を養える書物「方法序説」をコモンセンスとして主導的な立場にいる人たちが身に付けていないというがく然たる事実があります。

もちろん、「方法序説」を理解することは難しいことですし、理解していないことは一人の人生においてはほんの一点にも値しません。けれど、現代国家の主導的な立場にいる人たちにとっては結構大きな一面です。また、民主主義国家の主権者にとってはあったらいいなという一面です。本連載記事では、したがって、この「方法序説」の入門、解説を中心にして論理について語っていきたいと思います。

ちなみに、本来は「方法序説」の解説という体裁にこだわらず、論理についての考えを述べても良いのですが、やはり、私自身が多くの影響をこの本から受けていますし、何よりも歴史の重み、天才デカルトを知る感動がありますので、この体裁を取ることにしました。

最後は、私の悪い癖で窮屈な話になってしまいましたが、本当にそこには知る喜びと感動があると思います。ぜひ、楽しみながら、じっくりと考えながら読み進めてみて下さい。

それでは次回からは、方法序説の解説に入っていきたいと思います。

公開日:2022年2月4日
修正日:2022年2月5日 章タイトル「前置き」追加。
「我が国では、近代に必要とされる正しい判断力を主導的な立場にいる人たち」⇒
「我が国では、近代社会で必要とされる正しい判断力を養える書物「方法序説」をコモンセンスとして主導的な立場にいる人たち」に変更。
「「方法序説」を理解していないことは」⇒
「「方法序説」を理解することは難しいことですし、理解していないことは」に変更。
「最後は、私の悪い癖で窮屈な話になってしまいましたが、本当にそこには知る喜びと感動があると思います。ぜひ、楽しみながら、じっくりと考えながら読み進めてみて下さい。」を追加。