リベラルアーツを学ぶための勉強法

このページでは、リベラルアーツを学ぶための勉強法として、リベラルアーツの意義から学ぶべき知識、実際に手に取るべき本までをご紹介します。

【目次】
1.リベラルアーツの意義
2.リベラルアーツの勉強法
   2-1.学ぶべき知識について
   2-2.学ぶべき知識の一覧
      2-2-1.道徳と宗教について
      2-2-2.論理について
      2-2-3.数学と科学について
      2-2-4.法律について
      2-2-5.語学と文章と議論について
   2-3.参考例題

リベラルアーツの意義

リベラルアーツとは、西洋の文脈での一般教養を指し、現代日本社会の土台となっている基礎知識でもあります。リベラルアーツを直訳すると、自由の技術(技芸)、つまり、学ぶことで自らと他者の可能性、自由を広げることのできる知識を意味し、西洋の伝統においては、主に大学の教養過程で学ばれることになります。ただ、リベラルアーツは、学科として何か固定された知識が確立されているというわけではありません。時代や定義する教育者の思想によって多様な提唱がなされてきました。

その淵源は、ギリシャ・ローマの自由市民としての教養、自由七科にあるとされていますが、近代における大学教育においては一言で表すと、自由な自己選択を支えるための考える力の養成といえるのではないかと思います。とくに、そのために必要な論理性と文章能力の養成がリベラルアーツの要になっていると思います。

リベラルアーツの勉強法

その勉強法としては、優れた教師による対話形式で生徒の論理性と文章能力の育成に主眼を置くことが通常です。対話形式は優れた教師の導きによって生徒に学問上の気付きを促す手段として、とても効果が高い教育方法です。ただ、決してリベラルアーツを身に付けるために必須であるわけではありません。優れた教師も大切ですが、優れた本を手に取ることや、本人の知りたい学びたいというやる気の方が大切なことは言うまでもありません。

学ぶべき知識について

リベラルアーツは、学科として何か固定された知識が確立されているというわけではないと指摘しましたが、一方で、自由な自己選択のために必要な考える力の養成には、論理性を身に着けることが必須であり、さらに、現代における自由な自己選択を行うためには、例えば科学に対する知見がなければならないのは明らかです。

そして、その論理性を身に着けるためには、ギリシャ以来の哲学の系譜としてソクラテスを学ばなければおかしく、科学に対する知見を身に着けるのにデカルトを知らなければおかしい、というようにそれなりにリベラルアーツとして必須の知識というのは生じてきます。それらは、どの知識も嘆息するほどに洗練され、理解し、身に付けるには多大の労力を必要とします。しかし、その入り口を知っていることは、この社会で生きて行くために必要なことばかりです。つまり、考える力を磨くことにもなります。

リベラルアーツに必須の知識は、明治期、旧制高校や旧帝大の学生さんたちが一生懸命、読んでいた類の本と言えば分かりやすい方も多いかもしれません。あるいは、緒方洪庵の適塾出身者の福沢諭吉、橋本佐内、大村益次郎らが新たな時代を切り開く能力を発揮したのは、一生懸命に何を勉強したからか、彼らの活躍は偶然ではなく、彼らはここで言うリベラルアーツの正体を突き止めようとしていたのだろうと想像します。

少なくとも私は、中高生あたりからずっとそのことに興味を寄せてきました。一つのきっかけは、バブル崩壊後の日本を目の当たりにして、この国に足りないものは何なのかという漠然とした疑問を持ったことです。ただ、その疑問は、文明や学問とは何かというより深遠な問い掛けへと目を向けさせてくれるきっかけに過ぎなかったのだと思います。そして、今ではやっと不完全ながらもそれなりの答えを知るようにもなったと感じています。

私が思うところの重要かつ必須の学科を具体的に列挙すると、そこでリベラルアーツを構成するのは、道徳と宗教に対する理解、論理に対する理解、数学と科学に対する理解、法律に対する理解、語学と文章と議論の能力などです。さらに簡単な説明と共に各学科の良書を以下に列挙したいと思います。

学ぶべき知識の一覧

道徳と宗教について

知識は良く用いれば人を幸せにし、悪く用いれば人を不幸にする道具のようなものです。では、その道具を用いるのは誰でしょうか。知識を用いるのは人の心です。良識なしに科学を用いた結果、そして、道徳なく法律を用いた結果、多くの災難を人々は受けてきました。知識がなくとも人は幸せになれますが、良心がなければ人は幸せになれません。リベラルアーツの中で最も大切な科目は、良識、道徳、宗教を学ぶことです。
キリスト教:救世主イエスが説いた神の教え。「新約聖書」
仏教:仏となった釈迦が説いた悟りの教え。経典は宗派で多岐に渡る。阿含経など。中村元先生の翻訳本がお勧め。
イスラム教:最後の預言者ムハンマドが説いた神の教え。「コーラン」
ユダヤ教、儒教、神道など。

論理について

学問において真理を探究し、知識を発見し、それを正確に用いるためにはどうすれば良いでしょうか。そのための法則や作法も学問として人は探究し続けてきました。突き詰めればすべての学問が常に未完であるのと同様に、論理の枠組みも様々な提唱がなされていますが常に未完であると言えます。ただ、様々に有用な学問があるのと同様に、学問を行うにあたりとても有用な知識が論理的な枠組みとして提示されています。以下の論理を学び身に付ければ、学問において真理を探究し、知識を発見し、それを正確に用いる能力が確実に向上すると思います。
ソクラテス:無知の知や問答法を提唱し、学問や論理の基礎を築きました。ギリシャ哲学。「ソクラテスの弁明」
ユークリッド:ギリシャ哲学における論理を数学において大成させました。「ユークリッドの原論」
デカルト:ギリシャ哲学を継承してユークリッドの原論を研究し、近現代の合理主義、科学の基礎を築きました。「方法序説」
ヒルベルト:ユークリッドの原論を研究し、現代の公理主義、数学、科学の基礎を築きました。「幾何学基礎論」

数学と科学について

前述のユークリッド、デカルト、ヒルベルトの著作の中に、数学・科学とは何かという答えが詰まっています。その上で、より視野を広げるのであれば、ガウス、ニュートン「プリンキピア」、ダーウィン「種の起源」、アインシュタイン「わが相対性理論」などに知見を広げると面白いと思います。さらに興味があれば数学史、数学基礎論、科学哲学、科学史に関わる著作を探すと良いと思います。

法律について

正義のない法律は暴力ですから、道徳の基礎を学ぶことが法律の理解を促していきます。とりわけ、民主主義国家においては、自分や他者の権利を守るため、主体的な経済活動を行うため、健全な民主制を維持する一助となるためにも、法律を理解していることが必要です。何かの問題に巻き込まれたとき、法治国家において正当防衛以外は、自分を守る要は暴力ではなく法律です。そして、より多くの正しい判断がなければ、民主主義は砂上の楼閣となります。国民の一人ひとりが自由と法律を学び、良識ある政治家を選ぶことが民主制の根幹となります。
モンテスキュー「法の精神」、ベッカリーア「犯罪と刑罰」、ロックの経験主義と社会契約説(ホッブズ、ルソー)、「日本国憲法」。ちなみに、ここまで数学と法律を一通り見渡した後に、経済について学ぶと理解が深まります。アダム・スミス「国富論」、マルクス「資本論」、ケインズ

語学と文章と議論について

文章と議論の力は、これらの知識を上から優先度を付けて学ぶことで自然と身に付いて行きます。語学は、ここまでどの学問を見渡しても残念ながら日本語はマイナー言語です。まずは英語を学び、それからフランス語やドイツ語などに足を伸ばし、自分の学問に必要となる言語や、学問一般において重要となる古典言語のラテン語やギリシャ語などに興味を向けると良いと思います。学問の基本は、疑問を持って分からないことを調べ、確認することにあります。つまり、辞書をきちんと引きましょう。その上で、基本から優先度を付けて学び、反復練習、経験を積み重ねることが語学習得のコツだと思います。

どのような考え方にもとづいてこれらの知識が選ばれているのか、より詳しくは、なぜ学び、何を学び、どう学ぶのかをお読みください。

もし、高校生(中学生)の間にこれらの本に触れる機会があれば、学力は自ずと伸び、視野も開け、進路選択にも役立ち、将来の生活の基礎となる学びになります。難しくても諦めずに、理解しようと取り組むことが大切だと思います。挑戦してみてください。

参考例題

例えば、こんな質問に答えられることを目標としてみてください。

・世界でイスラム過激主義が問題となっています。では、なぜイスラム過激主義者は欧米やキリスト教社会を敵視するのでしょうか。そもそも、キリスト教とイスラム教の異なるところ、同じところ、その関係性はどうなっているのでしょうか。

略解: ユダヤ教⇒キリスト教⇒イスラム教と派生しています。同じ神様を信仰していますが、異なる指導者、教義を持っているために歴史的に不幸にも、様々な勢力争いを行う人たちの間に反目が生じました。

・道徳と宗教の違いは何でしょうか、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教、神道、儒教の異なるところ、同じところはどこでしょうか。

略解: 一つには信仰があるかないかでしょうか。道徳のない宗教はないと思いますが、信仰のない道徳はあるようです。6つの宗教について、異なるところは信仰対象と教義でしょうか。かといって、それぞれ繋がりがないわけではありません。歴史的に深く繋がっているものもあれば、若干の繋がりが予想されるものもあり、教義においてもまったく違う部分もあれば、ある視点でみると似通った部分もあります。ただ、根本的には中身が異なるからこそ、異なる宗教として存在しています。

・君の発言は論理性に欠けると言われました。では、論理とは何なのでしょうか。国語の先生が小論文で解説する論理と数学の先生が解説する論理は違う気がしますが、なぜですか。法律や科学も論理が大切と言われますが、すべて同じことを言っているのでしょうか。

略解: 論理とは、大きくは、考える対象と対象の関係性を明確にすることと言えると思います。国語の先生は、考える単位である命題をそこまで明確にしない、また推論以外の関係性も豊富に含む論理を問題としていると思いますが、数学は命題を明確にし、主に命題間の推論(演繹)関係を問題にしています。大きくは、どの学問も論理を基礎に成立していると思います。ただ、その論理の扱う対象が異なるので、表現方法や枠組み、精密化の手法や程度は異なると言えると思います。

・自分の考え方は、あるときは論理的じゃないと批判され、あるときは科学的じゃないと批判されます。二つの言葉に違いはあるのでしょうか。

略解: 論理的じゃないとは、主張に根拠がない、理由が主張の根拠になっていない、推論すると矛盾が生じる主張をしたときなどに掛けられるのではないかと思います。科学的じゃないとは、その根拠が経験的な事実やデータに基づいていないときなどに掛けられるのではないでしょうか。

・自分は文系なので、数学がどう社会の役に立っているか分かりません。とくに大学で習うような抽象的な数学は、どのような場面で用いられているのでしょうか。

略解: まず、計算が早ければ商売には大きな強みになります。岩崎弥太郎、田中角栄しかり、計算は現代でも商売における大きな強みです。大学で習うような抽象的な数学は、コンピューターからAI、すべての電化製品、経済学から人類学まであらゆる場面で用いられています。中途半端ではなく、きちんと身に着ければどんな分野でも生かされるという感覚があります。

・自分は理系ですが、法律がどのような場面で必要になるのか、今いち分かりません。とくに最近の憲法、安保法制、特定秘密法、共謀罪などの議論で、なぜ論争が起こるのでしょうか。

略解: 民主主義国家の場合、法律は国民が合意した約束という位置づけにあり、すべての国家運営は定められた約束事に基づいて、その範囲内で行うという前提があります。最近の論争の大本には、国の成り立ち、人の権利に対するあり方についての相違が横たわっています。

・私は会社員ですが、友人が脱サラしました。事業運営には、会計と法律の知識が必須だと言っていましたが、会計が必要なのは分かりますが、法律知識もそれほど必要なのでしょうか。

略解: 社会活動、経済活動はルール、つまり法律に基づいて行われるので、事業が大きくなればなるほどあらゆる活動に対して法的な知識、さらには倫理的に正当な判断が社会から求められます。

・文系、理系と分かれてしまう日本社会はイノベーションを起こしにくいと聞きました。そもそも、幅広い知見や多様性がどうしてイノベーションに必要なのでしょうか。

略解: イノーベーションは、社会のニーズを新技術を核とするサービスが充足したときに起こると言えます。ニーズを知り、充足するサービスを作らなければイノベーションは起こりません。社会的なイノーベーションにおいては、新技術はあくまで道具と言えます。一方、新技術は、社会のニーズとは無関係に、主に人の科学的な興味によって生まれてきます。社会的なイノーベーションに必要なものは、豊富な学問的、科学的土壌、つまり学者たちと、社会のニーズを捉え、それを的確に充足するサービスを構築する挑戦心ある事業家たちだと思います。つまり、文系、理系の両者を理解する人材が必要となります。例えば、Apple社のジョブズもリベラルアーツがイノーベーションには必要だという旨の意見を述べていたと思います。Apple社の商売のやり方を見ていても頷ける意見です。