1.道徳と宗教 -なぜ・何を・どう学ぶのか-

人が何を学ぶのかを考えると、どんなに高度な知識を極めようとも、逆にそのような勧めを行おうとすればするほど、道徳と宗教に対する理解を求めざるを得なくなる。道徳と宗教に対する理解なくして、それらを学ぶことは価値のないことであり、さらに様々な災難を呼ぶことになるだけだからである。

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このページの内容は以下の通り。
・道徳を学ぶ必要性
・道徳、宗教とは

人が何を学ぶべきかを考えると、どんなに高度な知識を極めようとも、逆にそのような勧めを行おうとすればするほど、道徳と宗教に対する理解を求めざるを得なくなる。道徳と宗教に対する理解なくして、それらを学ぶことは価値のないことであり、さらに様々な災難を呼ぶことになるだけだからである。

道徳を学ぶ必要性

どんなに勉強ができて、良い大学、良い職に就き、高い給料を得ても、何が正しいか分別がなければ普通と呼ばれる生活も築けない。幸せというところからは遠ざかってしまうだろう。学ぶというのは、勉強だけではない。どのような手段かは問題ではないが、道徳こそ自他のために学ぶ必要がある。

道徳の授業を受けたことのない人はいないと思うが、どれだけ印象に残っているだろうか。一般になじみが薄く、その内容を心に留めている人はかなり少ないと思う。では、宗教についてどのような印象を持っているだろうか。少なからぬ人が疎遠で、近寄りがたい印象を持っているのが日本の実情かもしれない。

学生時代も社会に出てからも、人生には多くの悩みが付きまとう。誰彼とケンカしたがどうすればよいか。いじめを受けているがどうすればよいか。一体、何が正しくてどうすれば良かったのか。

気を紛らわすために、美味しいものを食べたり、運動したり、色々と対処法はありそうだ。親や先生にアドバイスを求めるのもよいかもしれない。それでも悩みが深ければ、小説や歴史の中から教訓を探そうとするのかもしれない。けれど、きっとそこには本当に納得できるだけの答えはないだろう。つかの間、心に留まり、いつの間にか忘れてしまう教訓がほとんどではないか。

道徳、宗教とは

もしも、自分で何が正しいかを知りたくて、ドラマや歌詞、小説にそれを探し求めているようなところがあるのであれば、その人が求めている正しさは恐らくそこにはない。その人が求めている答えは道徳や宗教という分野にあるからだ。

宗教というのは正義や生き方を説いている。であれば学校の授業できちんと教えればよいという話になるが、私立は別にして公立ではそうなってはいない。それは、宗教には異なる宗教があり、異なる方法で異なる正義を説いているからで、どれを教えればよいのか、そこには皆が認める答えがないからだ。さらに、正義を説く悪人もいる。正義を説ける人も少ない。つまり、教えるのも学ぶのも最も難しいのが道徳と宗教なのだ。

このような理由で道徳の授業は、とくに公立においてあまり印象の残らない内容しか提供できない。正式な授業として道徳や宗教を満足に学べる学校も少ない。けれど、正しさの分別は人にとって最も大切なことであるから、もしもそれを学べる環境に自分がいなければ、自分自身でそれを少しずつでも学んでいくことを勧めたい。

目次
なぜ学び、何を学び、どう学ぶのか
1.道徳と宗教
2.現代社会の文化と文明
3.学問と論理、とくに科学と法律
4.国語と数学と英語
5.対象と関係、関係論理

公開日時:2016年8月25日
修正日時:2017年3月17日 章立て、冒頭要約を追加。
最終修正日:2017年3月17日

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